大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和56年(ワ)4793号 判決

原告

同栄信用金庫

右代表者代表理事

笠原慶太郎

右訴訟代理人弁護士

中野博保

被告

岡中

右訴訟代理人弁護士

尾崎陞

鍜治利秀

内藤雅義

渡辺春己

右訴訟復代理人弁護士

清宮國義

主文

一  被告は原告に対し、金五〇〇万円及びこれに対する昭和五六年四月一一日から支払ずみに至るまで年一四・五パーセントの割合による金員の支払をせよ。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その二を被告の負担とし、その一を原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金一一五六万三九〇四円及び内金一八六万円に対する昭和五六年二月一一日から、内金二〇〇万円に対する同月二七日から、内金二六九万九一〇〇円に対する同年三月一三日から、内金三〇〇万円に対する同月二一日から、内金一九〇万円に対する同月二六日から、内金一〇万四八〇四円に対する同年四月一一日から各支払ずみに至るまで年一四・五パーセントの割合による金員の支払をせよ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は昭和五四年一〇月八日、訴外亜銀協同組合(以下、訴外組合という。)との間で手形貸付、証書貸付等に関する信用金庫取引約定契約を締結した。

(一) 訴外組合において右契約締結の任に当たつたのは訴外組合の理事会長常宜民である。すなわち、昭和五四年九月二〇日過ぎ頃、原告は常から訴外組合のための融資の申込みを受けたので、同人に信用金庫取引約定書、当座勘定取引申込書等の用紙を交付した。常は同年一〇月二日、訴外組合の定款、組合員名簿、登記簿騰本等を原告に持参し、次いで同月五日、一四九八万七〇〇〇円の手形割引を申込み、同時に当座預金取引を開始した。原告は一〇月五日に常から信用金庫取引約定書(訴外組合理事長岡中というゴム印及びその名下の代表者印は押捺されていた。)、代表理事岡中の印鑑証明書等の交付も受けている。

そして、常は理事会長として理事長を代理する権限を有しており、訴外組合の理事長であつた被告は常に対し「亜銀協同組合理事長岡中」の名義を使用して原告と信用金庫取引約定契約を締結して原告と手形貸付、手形割引その他一切の取引をする権限を与えていたものである。

もつとも、被告が昭和五四年七月二〇日に訴外組合の代表理事を辞任した旨の登記が同年一〇月五日にされている。しかし、被告は代表理事を辞任した後においても、常に対して訴外組合が対外的取引をするにつき「亜銀協同組合理事長岡中」名義の使用を許諾しており、特に同名義の使用禁止を求めてはいない。したがつて、被告の退任により常の権限は消滅するものではない。

(二) 仮に被告が常に対して前記信用金庫取引約定契約を締結する権限を付与していなかつたとしても、また、仮に被告が退任したことにより常の右権限が消滅したとしても、原告は常に右権限があるものと信じていたものであり、以下のとおり民法一〇九条又は一一二条の表見代理の法理により、右契約は有効である。

まず、常は訴外組合の理事会長であつて、理事会長は代表理事を代理し、補佐する権限を有しており、原告は常と代表理事との右のような関係については常から提出された訴外組合の定款、組合員名簿、議事録、登記簿等によつて確認していた。登記簿騰本の発行日付は昭和五四年八月三一日であつた。

また、昭和五四年七月二〇日に被告が訴外組合の代表理事を辞任してから、同年一〇月一日に吉田清貫が代表理事に就任するまでの間相当の期間があり、その間代表理事を代理し、補佐する者を当然に予想していたものといえる。

更に、被告は、信用金庫取引約定書の本人欄に「亜銀協同組合理事長岡中」とのゴム印及び理事長印が押捺されていることを認識して、その連帯保証人欄に署名、押捺している。連帯保証人になつた旨の回答書も原告宛送付している。これによつて原告が、被告は訴外組合の代表理事であることを自ら認めているものと考えたとしても過失はない。

訴外組合は渋谷信用金庫との間で預金取引(昭和五四年七月二日から)及び貸付取引(同年九月一八日から)をしており、被告は同年七月二〇日の辞任後も訴外組合が「亜銀協同組合理事長岡中」名義を用いて渋谷信用金庫と手形割引契約を締結することを承諾している。そして原告は、訴外組合との金融取引を開始するに当たり、常が訴外組合は渋谷信用金庫とも取引がある旨述べたので、右金庫に訴外組合との金融取引の有無を問い合せ、「亜銀協同組合理事長岡中」名義で金融取引があることを確認している。

(三) 被告は、信用組合取引約定契約の締結時においては退任の事実を秘匿して、前記のとおり取引約定書の本人欄の「亜銀協同組合理事長岡中」の記名、押印と併列して、連帯保証人欄に自己の署名、押印をして、訴外組合に金融の便宜を与えた。

したがつて、被告が今日に至つて連帯保証責任を追及されるや、退任登記が昭和五四年一〇月五日であることを奇貨として、退任の事実を主張して信用金庫取引約定契約の成立を否認して責任を免れようとするのは、禁反言の法理により許されない。

2  本件取引約定契約には次のような約定がある。

(一) 手形貸付、証書貸付その他一切の取引に関して生じた債務の履行についてはこの約定に従う。

(二) 訴外組合が手形の割引を受けた場合、訴外組合が手形交換所の取引停止処分を受けたときは、訴外組合は割引を受けた全部の手形について、原告から通知催告等がなくても当然に手形面記載の金額の買戻債務を負い、直ちに弁済する。

原告は、訴外組合が右買戻債務を履行するまでは、手形の所持人として一切の権利を行使することができる。

(三) 訴外組合が原告に対する債務を履行しなかつた場合には、支払わなければならない金額に対し年一四・五パーセントの割合の損害金を支払う。

3  被告は昭和五四年一〇月八日、原告に対し、本件取引約定契約の各条項を承認した上、訴外組合の原告に対する債務につき訴外組合と連帯して支払う旨の連帯保証をした。

4  原告は、訴外組合の依頼により左記(一)ないし(六)記載の約束手形を割引き、現に右各手形を所持している。

昭和五四年一〇月一日に訴外組合の代表理事に就任した吉田清貫は、常に対して、「亜銀協同組合代表理事吉田清貫」の名義を使用して原告との間で金融取引をすることを許諾していたが、常は右名義を用いて原告に対してこれら(一)ないし(六)の手形の割引を申込み、その割引を受けたものである。

(一) 金額 一八六万円

満期 昭和五六年二月一〇日

支払地 東京都新宿区

振出地 右同

支払場所 株式会社三和銀行四谷支店

振出日 昭和五五年一〇月一〇日

振出人 成城興産株式会社

受取人 訴外組合

第一裏書人 右同

被裏書人 原告

(二) 金額 二〇〇万円

満期 昭和五六年二月二六日

振出日 昭和五五年一〇月二三日

その他(一)の手形に同じ

(三) 金額 二六九万九一〇〇円

満期 昭和五六年三月一二日

振出日 昭和五五年一一月一二日

その他(一)の手形に同じ。

(四) 金額 三〇〇万円

満期 昭和五六年三月二〇日

支払地 東京都新宿区

振出地 東京都渋谷区

支払場所 株式会社福徳相互銀行新宿支店

振出日 昭和五五年一二月二〇日

振出人 株式会社三和洋行

受取人 訴外組合

第一裏書人 右同

被裏書人 原告

(五) 金額 一九〇万円

満期 昭和五六年三月二五日

振出日 昭和五六年一月二〇日

支払場所 (四)の手形に同じ

その他(一)の手形に同じ

(六) 金額 一八〇万円(但し、昭和五六年四月一一日一六九万五一九六円の内入弁済があり、現在額は一〇万四八〇四円)

満期 昭和五六年四月一〇日

支払地 東京都台東区

振出地 東京都渋谷区

支払場所 永代信用組合上野支店

振出日 昭和五六年一月七日

振出人 株式会社大川商事

受取人 訴外組合

第一裏書人 右同

被裏書人 白地

第二裏書人 常宜民

被裏書人 原告

そして、訴外組合は昭和五六年二月四日、東京手形交換所の取引停止処分を受けた。したがつて、訴外組合は右手形の全部について当然に買戻債務を負うものである。その金額は一一五六万三九〇四円となる。

また、訴外会社は、右(一)ないし(五)の約束手形を拒絶証書作成を免除して原告に裏書譲渡し、また、右(六)の約束手形を拒絶証書作成を免除して常宜民に裏書譲渡し、常はこれを原告に裏書譲渡した。原告はこれらの約束手形を満期に支払場所に呈示したがいずれも支払を拒絶され、現に右約束手形を所持している。したがつて、原告は訴外組合に対し手形金債権も有している。

5  よつて、原告は被告に対し、一一五六万三九〇四円及び各約束手形の金額に対する満期の翌日から支払ずみに至るまで年一四・五パーセントの約定遅延損害金につき連帯保証債務の履行を求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1項の事実は否認する。

(一) 同項(一)のうち、常が理事会長であつたこと、理事会長の職務が理事長を代理しこれを補助することであることは認める。常が被告を代理して原告主張の一連の行為をしたことは知らない。常にこれらの行為について被告を代理する権限があつたこと、また、常に被告の名において行為する権限があつたことは否認する。

被告は昭和五四年七月二〇日に訴外組合の代表理事を辞任し、同年一〇月五日に辞任の登記がされている。したがつて、昭和五四年一〇月八日に何人かが被告名によつて信用金庫取引約定契約を締結したとしても、契約は無効である。すなわち、昭和五四年一〇月八日当時は被告の理事辞任の登記がされた後であり、仮に常が被告の名において、若しくは被告を代理して取引契約を締結し、原告が被告を代表理事と信じていたとしても、その行為が有効となることはありえない。

(二) 同項(二)のうち、被告が信用金庫取引約定書の連帯保証人欄に署名捺印したこと、連帯保証人になつた旨の回答書を送付したことは認めるが、原告の主張は争う。

2  同2項の事実は否認する。

3  同3項の事実は否認する。

被告は、常らの理事から形式的に連帯保証人として署名、捺印するよう依頼を受け、取引約定書の連帯保証人欄に署名、捺印したものである。その際被告には実質的に連帯保証人としての責任を負担する意思はなく、常ら他の理事もそのことは十分了解し、昭和五四年一〇月中には新代表理事を決め登記した上、新理事長と交替する措置をとることを誓約していたものである。右誓約に基づき同年一〇月一日吉田清貫が新代表理事に就任し、同月五日その旨の登記を了した。したがつて、被告が一〇月八日に取引約定書に署名、捺印するいわれはなかつたのであつて、原告はそれ以前に入手していた被告の署名、捺印のある取引約定書用紙を乱用して取引約定書を作成したものであり、右約定書は被告が連帯保証をしたことの裏づけとなるものではない。

なお、被告は、昭和五三年頃訴外組合の代表理事への就任を依頼され、老齢であつたのでこれを固辞したが、名目的な代表理事でもよく、実務は担当しないということでこれを承諾した。そして、代表理事印の作成、保管、使用等はすべて常らが担当して、被告は訴外組合の業務執行には一切関与していなかつた。

また、被告が連帯保証人になつたことは相違ない旨の原告宛回答書は、取引の具体的内容を示さない問合せに対し、被告の辞任登記がされていること及び取引の具体的内容を知らないで漫然と記名、捺印して送付した書面であつて、被告が連帯保証をしたことの証拠にはなりえない。

4  同4項の事実は知らない。

三  抗弁

1  本件保証契約は、被告が訴外組合の代表理事たる理事長個人として保証人となつたものであつて、純粋な個人として保証人となつたものではない。すなわち、理事長であることが前提となつているのであり、理事長に在任中に生じた債務に限り保証することとなる。

したがつて、被告は、代表理事就任の登記がされた昭和五三年三月二日から辞任の登記がされた昭和五四年一〇月五日までの間に発生した債務に限り保証責任を負う。

ところが、本件債務は右期間を経過した後に発生したものであるから、被告はこれについて保証責任を負ういわれがない。

2  本件保証契約には保証限度及び保証期間の定めがないが、このような場合には、主債務者の経営状態に変化を生じたときは債権者は直ちにその旨を保証人に知らせなければならず、これをしなかつた場合は保証人はその責任を免れるというべきである。

訴外組合は組合員のための手形割引をその事業としていたので、組合員の裏書した手形を割引していたが、組合の資金繰りが悪くなると、常宜民らの組合幹部は組合員の振出した手形を借受け、これを割引いて自らの資金を賄うに至つた。本件債務の原因である手形はこのような融通手形であつた。このような事態は訴外組合の経営が悪化した昭和五五年二月頃から始つている。

そして、このことは、手形割引申込書によつて原告は十分知つていたものである。

訴外組合は昭和五六年二月一〇日及び二六日には資金不足のため支払手形の決済ができない事態になつており、同年三月一二日には銀行取引停止処分のため支払手形の決済ができなくなつているが、原告は訴外組合の経営悪化を知りながらこれを被告に知らせなかつたのであるから、被告は保証人としての責任を負うものではない。

四  抗弁に対する答弁

1  抗弁1項の事実は否認する。

被告の主張は独自の見解であつて、本件保証契約には原告主張のような前提は存在していない。

2  同2項の事実は否認する。

仮に原告が訴外組合の経営悪化を知つていたとしても、原告が被告にその旨を通知しなければならない義務は存在しないし、いわんや通知しなかつたことが保証人の責任を免れさせる根拠になるものではない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一原告と訴外組合間の信用金庫取引約定書(甲第一号証)は昭和五四年一〇月八日付であり、訴外組合の代表者は「理事長岡中」とされている。しかし、〈証拠〉によれば、被告が昭和五四年七月二〇日に訴外組合の代表理事を辞任し、吉田清貫が同年一〇月一日にその代表理事に就任した旨の登記がいずれも同年一〇月五日にされていることが認められる。

そこで、右取引約定書が訴外組合の代表者を被告として作成された事情について検討するに、〈証拠〉によれば、以下の事実が認められる。

1  訴外組合は中華料理を中心とする食品の製造又は販売を行う事業者等を組合員とし、組合員の取扱品の共同販売、共同購買、組合員に対する事業資金の貸付け(手形の割引を含む。)等の事業を行うことを目的とするものである。

2  被告は昭和五三年一月二〇日の訴外組合の総会で理事に選任された。このときに常宜民も理事に選任されている。また、理事会において、被告は理事長(代表理事)に、常は理事会長に選任された。

訴外組合の定款によれば、理事長は訴外組合を代表し、訴外組合の業務を執行するとされ、理事会長は理事長を代理し補佐するとされている。

しかし、実際は被告の理事長の地位は名目的なもので、訴外組合の業務の執行は担当しないという条件で被告は理事長への就任を承諾したものであつた。そして、被告は理事会に顔を出すだけでほとんど訴外組合には出かけず、訴外組合の業務の執行には全く関与しなかつた。訴外組合の理事長としての業務の執行は被告に代つて専ら常が行つていた。

3  被告は昭和五四年七月二〇日に訴外組合の理事を辞任し、その後同年一〇月一日に吉田清貫が理事長に就任した。なお、訴外組合の定款には、辞任によつて退任した役員は、新たに選挙された役員が就任するまでなお役員の職務を行う旨定められている。

吉田清貫も名目的な理事長であつて、訴外組合の業務執行には関与しないで、訴外組合に出勤もせず、その業務は従前どおり常が担当していた。

4  訴外組合は渋谷信用金庫との預金取引を昭和五四年七月二日に開始し、また貸付取引を同年九月一八日に開始したが、いずれも代表理事は被告であるとして右各取引を開始した。

また、訴外組合は、昭和五四年八月二〇日頃、渋谷信用金庫との手形割引取引を開始するに当たり、被告の後任の理事を選任中であり、定款所定の理事の員数に足りないとの理由で、被告に右取引についての連帯保証人となることを依頼し、その承諾を得た。その際、他の理事は連名で遅くとも同年九月初旬には被告の責任を解除する手続をとる旨の念欝を差入れた。

5  しかし、訴外組合は更に原告との取引を開始することを理事会において決定し、昭和五四年九月初旬頃、原告にその旨の申込みをした。その手続は常が担当した。

常は原告に対し訴外組合の定款の写(甲第六号証)、組合員名簿の写(甲第七号証)、昭和五三年一月二〇日開催の総会議事録の写(甲第八号証)、商業登記簿騰本の写(甲第九号証)及び訴外組合の印鑑証明書等を提出した。

原告は、同年一〇月二日には常らから説明を受けて訴外組合の業況表(甲第一〇号証)を作成した。また、常は同年一〇月五日付で原告に当座勘定取引申込書(甲第四号証)、当座勘定取引印鑑届(甲第五号証)及び手形割引申込書(額面合計一四九八万七〇〇〇円の手形に関するもの。甲第一一号証)を提出した。右一〇月五日付の裏面はいずれも「理事長岡中」の名義となつている。

信用金庫取引約定書(甲第一号証)の用紙は原告から常に交付され主債務者及び連帯保証人の欄が書込まれた上で、常から原告に提出された。主債務者の欄(訴外組合の住所、組合名と「理事長岡中」とのゴム印及び代表者印)は、常の指示によつて記載されたものである。

訴外組合は被告に対し、渋谷信用金庫との取引のほか、原告とも取引契約を締結することになつたが、理事長変更登記の申請中で一〇月中旬まで登記手続がかかるので、連帯保証人として今回も捺印してもらいたい旨依頼し、一〇月四日付で理事連名のその旨の誓約書を被告に差入れた。そこで被告はこれを承諾した。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

以上認定の事実によれば、被告は理事会長である常に対し訴外組合の業務執行一切を委ねていたということができる。したがつて、常は、原告との間で信用金庫取引約定契約を締結する権限も有していたものであり、その際「代表理事岡中」の名義を用いることも許容されていたものと考えられる。

もつとも、被告は昭和五四年七月二〇日に訴外組合の理事を辞任しているが、訴外組合の定款によれば、新たに選挙された役員が就任するまでなお代表理事の職務を行うべきものである。仮に右のようにいうことができないとしても、代表理事在任中にその代表理事から授与された権限は、当該代表理事がその辞任に際し当該権限の授与を撤回する措置をとらない限りは、失われるものではないと解される。そうでなければ、代表理事の欠けている間、訴外組合の業務の執行が停滞する結果となるからである。

したがつて、常は被告が代表理事を辞任した後も、従前授与された権限を行使することができたものであつて(被告が常への権限の授与を撤回したことを認めるに足りる証拠はない。)、常が昭和五四年九月初旬頃から原告との信用金庫取引約定契約を締結する準備を進めるについては、その権限に基づくものであつたということができる。

そして、その後同年一〇月一日に吉田清貫が代表理事に就任しているが、同人が常の有する権限を制限ないし剥奪したことを認めるに足りる証拠はなく、かえつて同人も常に訴外組合の業務執行の一切を委ねていたのであるから、常は依然として原告との間で信用金庫取引約定契約を締結する権限を有していたものであつて、同年一〇月八日の右契約の締結は有効なものというべきである。右取引契約書に訴外組合の代表理事として被告名が記載されていることは、何ら右契約の効力を左右するものではない。

二そして、右信用金庫取引約定書(甲第一号証)には原告主張のような条項が記載されているから、原告と訴外組合間において右条項どおりの合意が成立したものということができる。

三被告が前記信用金庫取引約定書(甲第一号証)の連帯保証人欄に署名、捺印したことは当事者間に争いがない。これが訴外組合からの被告に対する原告との取引を開始するについて必要であるとの依頼に基づくものであることは前記認定のとおりである。

また、〈証拠〉によれば、信用金庫取引約定書(甲第一号証)とともに被告の印鑑登録証明書も原告に提出されていることが認められる。

更に、〈証拠〉によれば、原告は被告に対し昭和五四年一〇月九日に訴外組合との金融取引について連帯保証する旨の申出をしたことに相違ないかどうか照会する書面を送付し、被告はこれに対し同月一九日付で「訴外組合と原告との金融取引について連帯保証人となつたことに相違ありません」との内容の回答書に自ら署名、捺印して原告に返送したことが認められる。

以上の事実によれば、原告と被告との間で原告主張のような連帯保証契約が成立したことは明らかである。

被告は、その本人尋問において、銀行取引約定書は直ちに債務の関係を発生させるものではなく、単に一般的に取引を始めようという合意をするだけの約定書であり、取引に基づく具体的な債務の保証ではないと考えて、右回答書に署名、捺印して返送した、と供述している。しかし、右回答書の明確な文言及び被告の経済人としての経歴(被告本人尋問の結果によれば、被告は大学工学部の卒業ではあるが、二、三の会社の役員をしていたことがあることが認められる。)に照らして、右の供述は到底措信することができない。

四〈証拠〉によれば、以下の事実が認められる。

昭和五四年一〇月一日に訴外組合の代表理事に就任した吉田清貫も名目的な代表理事であつて、業務執行の一切を常に任せていた。そして常は、第三者から訴外組合が裏書譲渡を受けた約束手形を原告で割引いた。その中に、原告主張の(一)ないし(五)の約束手形(甲第二号証の一ないし五)も含まれている。(六)の約束手形(甲第二四号証)は訴外組合が常に裏書譲渡し、常が更に原告に裏書譲渡したものである。これら約束手形の訴外組合の裏書は、「代表理事吉田清貫」なるゴム印でされている(証人常宜民は、これら裏書欄には吉田清貫自身が署名、捺印していると証言しているが、「吉田清貫」という文字が全部同一であることからして、ゴム印によるものと推認される。)。そして、これらの割引あるいは裏書譲渡の業務を担当したのは常であつて、代表理事吉田清貫はこれらの業務についても常に一切任せていた。

訴外組合は昭和五六年二月四日に取引停止処分を受けた。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

そして、右認定の事実によれば、常は訴外組合の手形の割引、裏書について権限を有していたことは明らかであり、原告と訴外組合との信用金庫取引約定契約において原告主張のような合意がされていることは前記認定のとおりであるから、訴外組合は取引停止処分を受けたことにより、(一)ないし(五)の約束手形について当然に手形面記載の金額の買戻債務を負つたことになる。また、その遅延損害金は約定の年一四・五パーセントである。

(六)の約束手形は、常から原告が裏書譲渡を受けたものであるが、原告が裏書人である訴外組合に対し約束手形金請求権を有することは明らかであり(前出甲第二四号の一、二によれば、訴外組合はこの手形を拒絶証書作成を免除して常に裏書譲渡したこと、原告はこれを支払期日に支払場所に呈示したが支払を拒絶され、現にこれを所持していることが認められる。)、前出甲第一号証によれば、原告と訴外組合との間の信用金庫取引約定書においては、訴外組合が裏書した手形を原告が第三者との取引によつて取得したときも、その債務の履行について右約定書の約定に従う旨定められていることが認められるから、右約束手形金債務についての遅延損害金も年一四・五パーセントとなる。

したがつて、訴外組合は原告に対し、原告主張のような債務を負うものである。

五被告は、本件保証契約においては被告の理事長在任中に生じた債務に限り保証することになる旨主張するが、採用することができない。本件保証契約が締結された昭和五四年一〇月八日には被告は既に訴外組合の理事長ではなかつたのであつて、その時点では訴外組合の原告に対する債務はまだ発生していなかつたのであるから、被告の主張によれば被告は何ら連帯保証債務を負わないことになる。このような結論は背理というほかはなく、到底是認することはできない。

六訴外組合の経営が悪化したことを原告が知つていたことを認めるに足りる証拠はない。被告は、原告は手形割引申込書によつてこのことを知つていたものであると主張するが、〈証拠〉によれば、訴外組合が原告に依頼して割引いた手形の金額は、昭和五四年一〇月が一四九八万七〇〇〇円(甲第一一号証)、同年一二月が九四九万三〇〇〇円(甲第二九、第三〇号証)、昭和五五年一月が二六〇万円(甲第三一号証)、同年二月が二八五万円(甲第三二号証)、同年三月が九三〇万円(甲第三三ないし第三五号証)、同年五月が二七〇万円(甲第三六号証)、同年六月が六九四万二一九〇円(甲第三七ないし第三九号証)、同年七月が五二七万六〇〇〇円(甲第四〇ないし第四二号証)、同年八月が二六九万九一〇〇円(甲第四三号証)、同年九月が三〇〇万円(甲第四四号証)、同年一〇月が五六七万八〇〇〇円(甲第四五ないし第四八号証)、同年一一月が二六九万九一〇〇円(甲第四九号証)、同年一二月が三〇〇万円(甲第五〇号証)、昭和五六年一月が一九〇万円(甲第五一号証)であることが認められ、割引金額が特段増加しているとはいえないから、手形割引申込書によつて訴外組合の経営状態が悪化したことを知ることができたとは考えられない。

そうすると、被告の抗弁2項の主張は、その前提事実を欠くものであつて、採用することができない。

しかしながら、前出甲第一号証によれば、本件保証契約においては保証限度額及び保証期間が定められていないことが認められるところ、このような場合には、当該保証契約の締結されるに至つた事情など一切の事情を斟酌して、信義則により、保証人の責任額を合理的な範囲に制限できるものと解するのが相当である。

そして、前記認定のとおり、本件保証契約の締結された昭和五四年一〇月八日には被告は既に訴外組合の代表理事を辞任しており、その旨の登記もされていたのに、辞任の登記が一〇月中旬までかかるとの見通しのもとに、他の理事に懇請されて、なお代表理事であるとの形をとつて連帯保証人になつたものである。また、〈証拠〉によれば、訴外組合の他の理事は被告に対し、渋谷信用金庫との手形割引契約を締結するについて連帯保証人となることを被告に依頼するに際して、被告には絶対に迷惑をかけず、昭和五四年九月初旬には被告の責任を解除することを約束する旨の念書を差入れていること、原告との取引契約について連帯保証人になることを依頼するに際しても、辞任の登記ができるまでに事故があつた場合には理事一同の責任で被告には迷惑をかけないことを誓約する旨の誓約書を差入れていることが認められ、これらの事実によれば、訴外組合と被告との間においては、被告の辞任の登記がされた後は、渋谷信用金庫との取引契約だけではなく原告との取引契約についても被告の連帯保証人としての責任を解除するような措置をとることが予定されていたものと推認することができる。

原告としても、本件信用金庫取引約定契約締結当時、被告が訴外組合の代表理事であると考えていたからこそ、被告に連帯保証人になることを求めたものと推測される。そして、〈証拠〉によれば、訴外組合は原告に対し、昭和五四年一二月三日、代表理事が被告から吉田清貫に変更になつたことを届出たことが認められる。そうすると、原告はこの時点において被告が訴外組合の代表理事ではなくなつたことを知つたのであり、訴外組合ないし被告の申出があれば、以後被告の連帯保証人としての責任を免れさせる措置をとることを承諾したであろうと思われる。ところが、その理由は証拠上明らかではないが、そのような措置はとられなかつたものである。

以上のとおり、被告が連帯保証人になつたのは、ひとえに被告が訴外組合の代表理事であるとされたからであり(実際にはそうではなかつたのであるが、原告に対してはそのように表示されていた。)、被告が代表理事の地位を失つたとされた時点で本来は保証責任を免れさせる措置がとられるべき筋合のものであつて、原告も被告もこのような地位の変動は知つていたものである。したがつて、原告がこのような措置がたまたまとられていないことを奇貨として、被告に訴外組合の債務全額について保証責任を負わせようとするのは、信義則の見地から相当ではなく、被告に対して酷に過ぎるといわざるをえない。

右のような事情を斟酌すると、被告が負担すべき保証債務額は訴外組合の全債務額のほぼ五割の五〇〇万円及びこれに対する昭和五六年四月一一日から支払ずみに至るまで年一四・五パーセントの金員にとどめるのが相当である。

七原告の本訴請求は右の限度で理由があるからこれを正当として認容し、その余は理由がないからこれを失当として棄却することとする。

よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官矢崎秀一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例